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沿革・受賞歴
大正五年の創業から、福山の地で受け継がれてきた菓子づくり。 朝見製菓の歩みと、これまでの受賞歴をご紹介します。
百年以上続く、
菓子づくりの歩み。
朝見製菓は、大正五年に福山の地で菓子製造業を始めて以来、時代の変化に向き合いながら、 やさしい味わいと素材を大切にした焼き菓子づくりを続けてきました。
日常に寄り添う
お菓子を。
一つひとつの歩みが、
いまのお菓子づくりにつながっています。
大正五年の創業から、朝見製菓が重ねてきた歴史をご紹介します。
朝見製菓のこれまでの歩み
おいしいカステラを、もっと手軽に。 その想いは、戦後の再出発と、鈴カステラづくりの歩みの中で育まれてきました。
創業
朝見製菓は、1916年12月、広島県福山市の地で創業しました。 古くから福山は、地場産業として菓子の製造が盛んな土地柄でした。 創業当時の朝見製菓も、多くの職人や弟子に恵まれ、菓子づくりに励んでいました。
再出発
戦争の影響により、事業は一時休業状態となります。 戦後、二代目が海軍から帰還し、焼け野原となった時代の中で、 共同作業場から朝見製菓は再び歩み始めました。
手づくりの時代
当時は原料も思うように手に入らず、設備もレンガで作った手づくりの固定釜が一台だけ。 朝から晩まで必死にお菓子を作り、できあがった商品は福山駅へ運んで販売していました。 包装は木箱に詰め、問屋さんが大八車で取りに来る。そんな時代でした。
量産への挑戦
もっと多くの人に食べてもらいたい。
その想いから、当時は手づくりが当たり前だった菓子づくりにおいて、
量産化・機械化への挑戦を始めます。
販売のかたちも、専門店からスーパーへと広がっていく時代。
朝見製菓は、固定釜からトンネル状のライン釜へと設備を進化させ、
より多くのお客様へ商品を届けられる体制づくりに取り組みました。
試行錯誤
道のりは簡単ではありませんでした。 これまでの配合や焼き加減では思うように仕上がらず、 生地が半生になる、焼きすぎてしまう、膨らまない、 銅板からうまく剥がれないなど、さまざまな苦労がありました。
広がり
新商品の開発や品評会への出品にも取り組みながら、 地場の同業者とともに販路を広げる活動も行ってきました。 バスをチャーターして他県へ販売に向かうなど、 福山の地で作ったお菓子を、より多くの方へ届ける挑戦を重ねてきました。
鈴カステラへの想い
戦後、甘いものが貴重だった時代。 当時は高級品だったカステラを、もっと身近に、もっと手軽に楽しんでもらいたい。 その願いから生まれ、育まれてきたのが、朝見製菓の鈴カステラです。
おいしさはそのままに、より多くの方へ。
鈴カステラには、お菓子を通して少しでも幸せな気持ちになっていただきたいという、 朝見製菓の想いが込められています。
これから
時代は変わり、量産から多品種小ロットへ、
菓子業界を取り巻く環境も大きく変化しています。
それでも、創業以来の想いは変わりません。
朝見製菓はこれからも、初心を忘れず、
みなさまに「おいしい」を届けられるよう、
日々菓子づくりを続けてまいります。
会社沿革
創業から現在までの主な歩みです。
菓子製造業を開始
現在の福山市にて、朝見常次郎(現社長の祖父)が、菓子製造業を始める。
業務を一時廃止
時代背景の影響により、業務を一時廃止。
菓子製造業を再開
福山市南町にて、朝見渥美(現社長の父)が、菓子製造業を再開。
朝見製菓株式会社を設立
法人組織に変更し、資本金300万円にて朝見製菓株式会社を設立。朝見渥美が、代表取締役に就任。
代表取締役就任・増資
朝見昌彦が代表取締役に就任。資本金1,000万円に増資。
菓子博にて金賞受賞
抹茶かすてらが、姫路菓子博にて金賞を受賞。
包装ラインを増設
製造体制の充実を目的に、包装ラインを増設。
技術優秀賞を受賞
ゆずかすてらが、広島菓子博にて技術優秀賞を受賞。
現在に至る
福山の菓子メーカーとして、焼き菓子の製造・販売を続けています。
受賞歴
長年の菓子づくりの中でいただいた主な受賞歴です。
菓子づくりの流れ
卵割り
卵と砂糖を十分に溶かします。
混合
ユニバーサルミキサーで、小麦粉などの原料を短時間にミキシングします。
充填
デポジッターで歯車式に充填し、生地を痛めません。
焼成
トンネルオーブンで焼き上げます。
仕上げ
味付けドラムで焼きあがった生地を蒸らし、製品として仕上げます。
関連ページ
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